今月のキーワード エネルギージャーナル社

今月のキーワード

カタカナ語は国民の胸に刺さらない
2021/10/18(Mon) 文:(水)

 最近の霞が関の資料や報告書で目立つのはカタカナ語の氾濫である。特に欧米において先導的な政策展開が多い故か、地球環境問題や国際金融の分野で横文字をそのまま表記しているケースが多い。新聞やテレビも安易にそれに追随、日本語文化の危機を感じる。
 環境省の令和4年度概算要求の重点施策発表資料の中に、次のような表記があった。「カーボンニュートラルに向けたカーボンプライシングを含むポリシーミックスの推進」。これは来年度税制改正要望を示したもので、焦点となっている気候変動対策としての炭素税や排出量取引を引き続き検討するという意味だが、理解不能な文章だ。
 この文章の38文字中28字が実にカタカナ表記である。試しにここで使われている「カーボンニュートラル」の日本語の意味を友人や会社の周りの人に聞いてみたが、10人中9人は正解らしき答えがなく、一般の人にはまるで理解されていなかった。しかもこうした長い単語は編集者泣かせの最たるもので、予定した行数をオーバーして泣く泣く別の文章を削らざるを得なくなるし、見出しを付けるにも苦労する。つまりカタカナ語の濫用は百害あって一利なしとも言えよう。
 「霞が関文学」という独特の文化を持つ官僚がカタカナ語を多用するのは、▽省庁間でその言葉の定義がはっきりしない、▽カタカナ語を使うことで故意にあいまいにしておく、▽正確な日本語にするのが面倒――などが動機と見られる。しかし当然の話だが、その言葉の意味が容易に理解されなければ国民の支持も得られない。カタカナ語を聞いた国民はいちいちその意味を理解しようとする努力も面倒だし、第一そんなに時間的な余裕もない。環境省が最大の政策課題としている気候変動対策は何よりも一般の人々の理解と協力を得ることが不可欠だが、カタカナ語では国民の胸に刺さらない。
 日本社会はすでに人口の3割が高齢者となり、この人たちには英語に馴染みのない人も多く、まして「カーボンニュートラル」というような専門用語をどれだけの人が理解できるだろうか。しかも高齢者は地域にあっては環境問題などで熱心に活動しているケースも多いのに、わざわざ霞が関はそうした人々を遠ざけていることになる。




自民党総裁選とカーボンニュートラル
2021/10/01(Fri) 文:(水)

 今月29日に投開票する自民党総裁選が連日マスコミを賑わしている。9月12日現在、立候補者は岸田文雄・前政調会長(64歳)、高市早苗前総務相(60)、河野太郎規制改革担当相(58)となっているが、下馬評では岸田氏と河野氏のいずれかが選ばれる公算が大きいとみられている。
 岸田氏は外務大臣を4年半以上無難に務め上げ、党の要職もこなしてきていることから新政権の安定運営への期待が高いが、コロナに代表される“乱世時代”を乗り越えるリーダーとしてのパワーにやや疑問符が付く。一方、河野氏は行動力と突破力には定評があるが、独りよがりや木を見て森を見ないところがあり、日本の最高権力者になった場合に大丈夫かという指摘がある。河野氏が長年持論としてきた「原発ゼロ」などの考え方を最近封印したのも、派閥幹部の説得を受け入れた結果とみられる。
 総裁選の政策論争で大いに論じてほしいのは、昨年の菅政権誕生以来わずか1年の間に次々と打ち出した気候変動対策を継続するのかどうか、さらにその具体的な政策をどう国民に共感してもらうかであろう。昨年10月の菅首相による2050年カーボンニュートラル宣言を皮切りに国会では与野党一致のもとで「気候非常事態宣言決議」が採択され、2030年の中間目標としたCO2の46%・50%の設定(2013年排出量比)、今年4月の気候サミットにおける菅首相による同様の国際約束と全国100以上の地域で脱炭素社会の実現を目指すとした方針提示など枚挙にいとまがない。
 これだけ国政の環境・エネルギー対策で従来の延長線にない思い切った決断をした首相はこの半世紀で初めてだろう。すなわち、こうした決断は環境の持つキャパシティーが人間の経済活動を御することを意味し、最上位にあった経済政策が環境政策にとって代わることを意味する。エネルギー対策もしかりだ。しかし、わが国はまだ時の政治トップが気候変動対策に最優先で立ち向かうという“決意表明”とその方向性を示したに過ぎず、国民の痛みを伴う社会の構造改革はこれからだ。
コロナ対策での国民の不満と「選挙に向かない顔」として退陣に追い込まれた菅首相だが、一時の人気度とこれから20〜30年は続くであろう気候変動対策の礎はどちらが重要なのだろうか。




生まれてくる子どもたちに安全でおいしい空気を
2021/09/14(Tue) 文:(山)

 今号の特集は「脱炭素社会に挑む住宅・建築物」です。脱炭素社会とは地球温暖化の原因(温室効果)とされる二酸化炭素(CO2)などの排出量をできる限り減らして、実質ゼロに近づけようということです。かつては「低炭素社会を目指そう」という言い方もありましたが、いまでは地球温暖化を食い止めるためにはCO2の排出をゼロ、つまり脱炭素が欠かせない状況になってきたということだと思います。
 なぜこんなことになったか。モノの本によれば、私たち人間の活動により温室効果ガスが増えたことが原因ではないかと考えられているそうだ。もちろん、現在を生きている私たちのせいでもあるのだろうが、それだけでなく、産業革命以降、石炭や石油などの化石燃料の利用や森林の伐採などにより、大気中の温室効果ガスが増加したということではないかという気もする。
 でも、いまさら何年も前のことを云々してもなにも始まらない。私たちはここでひとつ脱炭素社会実現に向けて踏ん張らなくてはならないところにいるようだ。脱炭素社会とはCO2の排出が実質ゼロとなる社会のことである。そのため、まずは、CO2の排出量を可能な限り減らし、脱炭素社会の実現に向かうことが、地球環境を守るために重要になるのだろう。
 脱炭素社会という言葉が掲げられる以前は、低炭素社会というあり方が目指されていた。低炭素社会はCO2の排出量が低い水準に抑えられた社会のことで、基本的な考え方や目的は脱炭素社会と同じである。しかし、低炭素社会の実現に向けて設定された目標は、地球温暖化を止めるためには不十分だった。そこで、CO2の排出量を減らすだけではなく、実質的にゼロの状態を目指すために掲げられた考え方が脱炭素社会である。
 「言うは易く行うは難し」の典型のような話だが、これから生まれてくる子どもたちが、安全かつ、おいしい空気を存分に吸い込んで、のびのびと成長できるような世の中になるよう、今を生きる私たちが脱炭素社会の実現に向け、もうひとがんばりしようではありませんか。



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